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2012-01-24 12:48 | カテゴリ:戯言
世の中の納得いかない事についての不満のぶちまけは、しばらく封印していましたがどうしても疑問に思ってしまい我慢しきれず今回は封印をといてしまいます。
職場のブログで言う事ではないとは思うのですが・・・
これはあくまでも私個人の意見ということでご理解いただきたいのです。
フェリーチェの思想(笑)ではありませんのであしからず

今朝、新聞の読者投稿欄を読んでいたら、国旗掲揚、君が代斉唱の時、不起立する教員について意見を述べている投稿がありました。国からの強制に負けず、自ら考えて行動する先生に教えてもらえる子どもたちは幸せだ・・・etcみたいな事がかいてあったと思います。

しかし、私は思ったのですが、そもそもなんで起立を拒否するの?と。
ちょこちょこネットで検索したぐらいでは的を射た答えは見つけられなかったのですが、どなたか明確な答えはご存知ですか?
「君が代」や「日の丸」は私のしっている限りではずっと国歌であり国旗でした。それは強制的に国から押し付けられたものなのか?違うと思うんですけどね。

極端な考え方をいわせてもらえれば、国旗、国歌ってのは自分が日本に生まれた時点で決まっている「ルール」じゃないかと思うんですよ。生まれる場所は選べないからそれが強制じゃんと言われたらどうしようもないのですが。でもそれを国旗、国歌とするって決まりじゃないですか。なぜあえてそれに反発する。したら国旗、国歌のない国に帰化でもすればいいじゃな。そんな国はあるんですか?
戦時中ならまだしも今の日本で誰も国旗を掲げて国歌を歌い日本国に忠誠を誓え!なんて事は言ってない。
赤信号では止まりなさいというルールはあるけど、私はそんなの納得いかないからことごとく無視しますって言ってるのと同じじゃないかと。
で、そういう先生達は子供たちに自分の考えを教えるわけですよね。そして学校の式典で、あくまでも子供達が主役であるべき式典で、自分の主張のために起立しないんですよね。
それこそ子供たちに対する強制ではないのか。
学校の先生は親の次に子供たちが接する機会の多い大人です。ましてや、昔に比べたら権威は格段に落ちたとは言え、先生と呼ばれる偉い大人です。小中学生の多感な時期の子供たちです。多少なりとも影響をうけてしまうんではないですか?

自分の意に沿わない事は、いくらそれが社会の決まり事でもかたくなに拒否していいんだよ。って事?ってね。

私が、かなりの事なかれ主義者で人との争いを極度に嫌うタイプなのでこんな意見が出ちゃうんでしょうけど。

国を背負って戦った事もないし、国歌を心をこめて歌った事もない。国旗にも国歌にも誇りをもった事は一度もない。でも「日の丸」と「君が代」は国旗であり国歌であると思っています。
それを卒業式に校旗と伴に掲げて何がいけないの。日本公費で運営している公立の学校だもの掲げちゃってもおかしくないんじゃないの。それをあえてはがすという行為は自分の意見の押し付けではないのですか?何百人もいる生徒達がみんな国旗なんて降ろしちゃえと言ったのかい?中には、国旗をかかげて国歌を歌う事は国からの強制だからって起立しない先生方とは逆に、国旗を降ろすことに納得していない生徒もいるんじゃないの?自分の意に反して降ろされていく国旗を見ながらおかしいんじゃないかと思ってる生徒もいるんじゃないですか?そのな生徒に対してのフォローはしているのかい?自分の意見が正しいとかたくなに主張しすぎてはいませんか?
自分の主義主張を声高にアピールする事は、日本人の苦手とするところで国際的にもかなり弱腰な国民とみられているところがあると思うので、どんどん自分を主張することは大切な事だとは思いますが、この問題については少し違うような気がしてなりません。

先生が自分の主義主張を持つ事はかまいません。それどころか、子供を教育するにあたって、一貫した先生の考えというものは持っていてもらわないといけないと思います。しかしその主張に偏りすぎた行動を起こすのは良くないんじゃないか。先生の前に居るのは、それぞれ違う個性をもった何千人にもおよぶ子供たちです。自分の行動(世間ではやりすぎと思われる行動)は大なり小なり、それぞれの子供たちに影響を及ぼしますよ。



と。私は思います。




                         -T-





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【ジャンル】:日記 【テーマ】:いま想うこと
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2012-01-12 11:35 | カテゴリ:戯言
先日、遅ればせながら初詣に行ってきました

いつも神社にお参りなんて行かないんですけどね。

でも私、今年はどうも前厄らしいのでやはり行っといた方が良いかなと思い、大山の阿夫利神社までお参りに行ってきました

そしてお参りも無事終わり、お守りでも買っていくかと売り場の前であれやこれやと見ているときに、ふっと目に付いたのが、何年生まれの人が今年厄年ですよ~みたいなのが表になっている看板。なにげに自分の生まれ年を探してみると・・・おやっ?あれっ?えっ?俺って今年本厄

厄年ってなんかイマイチわかりずらいんっすよね~。数え年だとか~。いつから始まるだとか~。よく解らないんっすよね~

まぁ、本厄だということが判明したから良いんですけどね

そうか、去年は前厄だったのか。
そう言われてみれば、体の具合は常になんか良くなかったし、思い当たる節はある。でもまぁ病院通わなくてはいけない程酷くないし。言われて、あぁ前厄だったんだみたいな感じで過ぎてくれたので良かったです

今年も何事もなく過ぎてもらいたいものです

ちょっと自分の思惑とは少しずれていましたが、お参りもしたしね(笑)

でも本厄ですから、気をつけて生活しなくてはですね




                       -T-



腰痛、肩こり、体の悩みは秦野駅前 カイロプラクティック フェリーチェ
2012-01-07 12:14 | カテゴリ:未分類
あけましておめでとうございます

少々遅くなりましたが新年のご挨拶です。

皆様お正月休みは有意義に過ごせましたか?

私は久しぶりの神奈川でのお正月でした。だからといって何かしたわけではないのですけどね。

寝正月ではありませんでしたが、これといって特別な事をしたわけでもないし・・・

普通に過ごしました。

そうそう、お正月番組ばかりでつまらないので、録画してほっておいた映画を見ましたね。

いまさらながらの「シックス・センス」と若かりし頃にみた事があってもう一回見たいなと思って録画しておいたけど映画が長くて見る気の起こらなかった「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」

「シックス・センス」はラストがすべてみたいな映画だし、何度も見て面白いか?と言われるかもしれませんが、好きなんですよね、あの映画。ふっと、あっ、見たいな・・・みたいな感じになって見ちゃうんですよ。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」は簡単に言っちゃえば禁酒法の時代をからめたニューヨークのユダヤ系移民のマフィアの半生みたいな上映時間が4時間弱ある長い映画です。傑作と評判みたいです。
高校生の頃1度見た事があったのですが、当時はこの映画の暴力的な描写が印象が残り、ただただエッチなシーンばかりが頭に残っていました。若かったねぇ・・・。その後この映画は傑作だみたいな論評を聞くたびに、ただのスケベな映画じゃんて思っていました。
さて、40も過ぎ、高校生の時代はもう二昔前になってしまった今、この映画を見てどう思ったか・・・
素敵な映画でした。映像も音楽も・・・何と言いますが、しびれました。ノスタルジックってやつなんですかね。
見終わってなんだか切ない気持になりました。良い映画でした。
見終わった感想が20年前と同じエッチなな映画じゃなくて良かった
人それぞれだとは思いますが、見る年齢、大袈裟にいえば見る人の今までの生き方で感想の違ってくる映画だと思いました。

とまぁ、お正月のご報告はこの辺で


フェリーチェは5日(木)から営業しております。

今年も宜しくお願い致します



                            -T-


腰痛、肩こり、体の悩みは秦野駅前 カイロプラクティック フェリーチェ
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